パリにおける暴力、およびパリによる暴力
-抜け出る方法はあるのだろうか?-

ヨハン・ガルトゥング
2015年11月23日 Editorial, Transcend Media Service (TMS)
アメリカ・ジョージア州・アトランタにて

 パリでの残虐行為をきっかけに、「テロリズム」という言葉を、これまでなかったほど頻繁に、メディアや政治家たちから聞くようになっている。そう言いながら、彼らは知的な面においては降伏してしまっている…「私を信頼してほしい、そしてもう何も理解しようとも思わない」。アメリカのジョージアで、テレビの56チャンネルに出てくる政治家たちを見ていると、「なぜ」を分析しよう、という言葉は一言も出てこない。そこに横たわる数々の紛争やトラウマとはどのようなものなのか、という分析である。調停や解決の方法については、なおさら語られてない。「何」が起こったのか、それは恐ろしい暴力である、の一点張りである。そして「何をするか」については、さらなる暴力である戦争のみが語られる。しかし、そこには疑問符が付く―果たしてうまくいくのか?

 ヨーロッパ世界全体が、あるフランスの古いことわざに従って動いていた。「あの動物は邪悪だ、たたけば、自分を防護しやがる。」フランスとアラブ・ムスリムとの数世紀におよぶ関係を振り返ると、フランスが一方的に打ち、殺し、征服し、植民地化し、搾取してきたことがわかる。フランスは対トルコ、対ドイツの戦いでも、そうした方法を用い、自由を約束したものの、約束は守らなかった。脱植民地化の流れのもとでの、剥き出しの新植民地主義。自分の家の主人になろうとする彼らの願いには何の敬意も払わなかった。現在でも、マリ共和国がそう扱われ続けている。

 フランス国内では、そうした関係を召使の仕事のために使った――彼らがフランス語を話せたら。社会の底辺で、フランスの学校システムが彼らを平等に扱い、彼らが上位の社会階層に昇ろうとすると、衝撃が起こった。アフリカ系アメリカ人たちが、アメリカの学校システムの中に参入しようとしたときのようだ。そして黒人差別と公民権運動から1世紀の後、今のアメリカ社会がある。

 フランスは今、その局面にある。3憶5千万人のアラブの民や16億5千万人のイスラム教徒が、相手をさらに打ち倒そうとするとは思わないでほしい。諸国の国歌のうち最も好戦的である、あの怖ろしい「ラ・マルセイエーズ」の歌詞を読んでみよう。外国からの侵入者を憎むようにフランス人に促している。
“我々の息子や妻の喉を掻き切るために、やつらは我々の中にまでやってくる”
“進め、進め、汚れた血を我らの畑の畝に吸わせるのだ”
フランスのエリートであるフランス国立行政学院(ENA)の卒業生たちは、愛国の名による独善の中で、肩身が狭い思いをしている。

 そして、フランス大統領による宣戦布告である。起こったことを戦争として扱うと、すると間違いなく戦争が得られる。「テロリズム」という語に含まれる分極化とともに。さらに大きな悪をお仕着せ、お前たちは悪だ、と。お前たちと話しても無駄だ、潰せ、打ち壊せ、滅ぼしてしまえ、と。

 そして、パリの中で、そしてパリによって、事態はエスカレートしていく。しかし、気をつけなければならない。破壊するための力(D:Destructive)だけでなく、フランスには他方の側より、もっと多くのものがあって複雑である。脆弱性(V:Vulnerability)もある。米国等には何倍もの脆弱性がある。一方のDを他方の側(複数)のVで掛け算をしてみよう。どちらが強いか。一方のもつ破壊力が大きくなるほど、他方の脆弱性も大きくなる。すると前者もさらに強くなる。

 他方が叫ぶ、「神は偉大なり」と。個々人を小さな存在とし、彼らは殺すべき対象であり、彼ら自身が自爆衣をまとって自ら殺す対象である。「偉大なるフランス」においても同じように、“戦争だ、隊列を組め”と市民たちは連呼する―“我らの法廷にあって法を定めようとする”やつらに対して(訳注:以上はフランス国歌の歌詞より)。クルアーン(コーラン)の中に、ラ・マルセイエーズにぴったり符合するような一節を見つけるのは、それほど簡単ではない。

 出口はあるのだろうか。10月28日、パリの事件の前に、トニー・ブレア元首相は2003年のイラクへの侵攻を謝罪した。それまでは、あの条件では同じことをしていた、と繰り返していたのに。

 この謝罪は、なぜ、どのようにしてなされたのだろうか。おそらくブレアの左腕は、彼の後継者である労働党の党首に捻り上げられ、右腕の方は英国首相であるキャメロンに捻り取られていたからであろう。なぜか? それは、二人がロンドンでパリのようなことが起こるのを恐れたからだ。そして、パリの事件よりも何千倍も残虐な行為であった、イラクでの愚かで罪深い戦争のことを詫びる、という苦汁を飲み込んだのだ。

 フランスのオランド大統領は、(もし誰かに捻り上げられれば)同じことをするだろうか? おそらくしないだろう。しかし、フランスがその独善性にあるとしても、もう少し苦味のましな出口があるかも知れない。それは、すべての当事者たちにとって受け入れることのできるような、国際会議の開催である。過去・現在・未来についての関係性を評価するのだ――脱分極化・脱拡大を図りつつ、結論が出るのを待つ(それには相当の時間を要するだろうが)。

 法律の話になれば、違法行為は、その背景にある歴史を含めて文脈から切り離される。実際には、文脈こそがいっそう重要であって、その文脈の中で意思のある実行犯が見つけ出されるだろう。一人を殺せ、ベルギー人であろうとなかろうと、ISISであろうとなかろうと―その結果、歴史の影は多くの他の者を動員したり、覆い隠したりするだろう。

 問題は、何が起こったのか、ではなく、なぜもっと早く起らなかったのかを説明することである。

 ニューヨークとワシントンDCでの9.11事件、ロンドンでの7.7事件、マドリードでの3.11事件にも同じことが言える。それまで、何百万人もの人々が、現代の、そしてかつての大国たちによる武力侵略の犠牲となってきた。CIAが、信じられないほど長い彼らによる武力侵略のリストの「意図せざる結末」と呼ぶように、なぜ犠牲者たちが「やり返す」ことをしなかったのか? 彼らは西洋よりも暴力的ではないからなのだろうか? 人々の憤懣の蓄積が、「国家テロリズム」―「テロリズム」の針の一刺しと比べると99対1となる位の規模―のレベルに達するまで、ずっと長い時間がかかるためなのだろうか? そして西洋が、西洋自身による暴力が予防的・先制的効果をもち、しかも有効に機能する、と愚かにも思い込んで来たからだろうか?

 そして、全体に酷い作られようだった知の大きな体系が崩れていく。それは非・西洋世界の犠牲者たちが転機に至ったからであり、これ以上辛抱しきれず、暴力の側に身を入れ込んでしまったからである。そして西洋は、犠牲者を数え上げ、彼らと加害者の双方の名を公表した。西洋が殺戮を行っているときには、その双方ともを匿名にしてきたのに。そして愚かにも、必要とされるものは、より少なくではなく、より多くの暴力である、と結論づける。個別の、そして全体の防御が機能するように、である。

 私には夢がある。ここジョージアのアトランタ出身の一人のアメリカ人、マーティン・ルーサー・キング・ジュニアのことを思いつつ。

 西洋とイスラムとが互いに、最悪のこと――西洋の予防のための暴力や、イスラムの報復のための暴力――に焦点をあてるのをやめ、最善のことに焦点をあててみる様子を、思い描いてみよう。例えば、西洋の革新力や自由、イスラムの連帯力や分かち合い、である。「われわれは互いから学び合うためにはどうすればよいか?」といったことを、両者が公の場において高いレベルで対話する様子を想像してみよう。イスラムに、どのようにもっと多様性や違った解釈をする自由をもたらすのか。西洋に、どのようにもっと、孤独を克服するための連帯意識や、不平等を克服するための分かち合いの意識(富、知識、あらゆる資源に関して)をもたらすのか。どうして両者ともがいびつになってきたのか。

 イスラムのウンマというひとつの理想の世界――モスクとシャリーアによるイスラム法廷に基づく地域の機関である、無数の信者の共同体――と、西洋の支配による世界政府という西洋の描く理想世界とを、どうすれば和解に導くことができるのか?

良識を。働き始めよう。戦争という愚かな暴力に時間を費やすのは、もうよそうではないか。

<フランスのオランドへ。
あなたは安全保障から平和を得ることはけっしてできない。
平和から安全保障が得られるのだ。>

(トランセンド研究会 訳)