平和学でいう「積極的平和」とは、戦争や内戦などの直接的暴力、経済的搾取などの構造的暴力、それらを肯定しようとする選民思想などの文化的暴力のようなあらゆる暴力を世界からなくしていく努力の中で、さらに一歩を進め、単にそれらの暴力をなくすだけでなく、対話や協力など何か積極的なものを新たに創造していくことを意味します。もちろんこれは、非暴力的な手段によって達成されなくてはなりません。

 トランセンド国際の共同代表で、平和学の創設世代の一人であるガルトゥング博士が、「積極的平和」の概念を提言したのは、1969年の論文「暴力、平和と平和研究」("Journal of Peace Research" Vol.6, No.3)においてでした。戦争(直接的暴力)の無い状態が平和、と当然に解されていた時代にあって、飢餓や抑圧、差別などの「構造的暴力」も平和研究の対象として設定し、それらの克服された社会的正義としての状態を「積極的平和」と位置づけることを提唱しました。もちろんそうすると、平和学の研究範囲は果てしなく拡がるように見え、当時は大きな論議を呼びましたが、「直接的暴力」も「構造的暴力」もともに無い状態を「積極的平和」とする考え方は、その後広く意識されるようになりました。

 1981年には、世界各地の文化圏での「平和」の概念の比較検討に関する論文「社会的な観念と平和の概念」(JPR Vol.18, No.2)を発表しました。積極的平和」の概念は、『構造的暴力と平和』(高柳・塩屋・酒井 共訳、1991年刊)の翻訳書で、日本国内でも多くの人々に本格的に知られるようになりました。

 1990年に、ガルトゥング博士はさらに、既存の思想やイデオロギー、宗教、神話などの一部に含まれている、選民思想や自民族中心的・差別的な考え方のように、「直接的暴力」「構造的暴力」を正当化したりやむを得ないものとしたりする考え方を、「文化的暴力」と呼び(論文「文化的暴力」JPR Vol.27, No,3, 1990)、暴力の概念をさらに拡大することを提唱しました。そして「文化的暴力」の克服された状態を「文化的平和」と定義しました。

 2007年に、ガルトゥング博士がこれらの様々な概念を改めて整理し直したものが、次の表です。ここでは、「積極的平和」が、協力、衡平・平等、平和の文化・対話などの存在する状態として、新たに紹介されています。

(Galtung, Johan, “Introduction: Peace by Peaceful Conflict Transformation—the TRANSCEND Approach,” Handbook of Peace and Conflict Studies. Webel, Charles P; Galtung, Johan, eds. Abington, Routledge, 2007, p.31;邦訳・奥本 京子(トランセンド研究会・前会長)『平和ワークにおける芸術アプローチの可能性』法律文化社 2012年3月 p.25)


 権力が、自ら行なおうとする戦争を正当化しようとして「平和」の語を用いることは、歴史上しばしば行なわれてきました。しかし、「平和」の概念は、ときの様々な政権によって左右されるべきものではないことを、トランセンド研究会は主張します。

 

 なお、日本国の現政権による「積極的平和」の誤用・悪用については、『トランセンド研究』の編集長が、誌上で見解をまとめています。既にMLにて公表されている記事でもありますので、このHPを訪ねてくださった方には、こちらからご覧いただけるようにしております。