コラム
共同代表 藤田明史:ロシアのウクライナ侵攻について
2022/2/26
いま進行中のロシアのウクライナ侵攻をまさに予見するようなガルトゥングの論稿があります。
『ガルトゥングの平和理論―グローバル化と平和創造』第1部第3章「NATOの東方拡大-第2次冷戦の始まり」です(この本の原書ドイツ語版の出版は1998年)。「NATOの東方拡大に対応して、AMPOの西方拡大が…生じている。これはユーラシア大陸、特にロシアと中国を標的にして調整された挟撃運動と言える」とし、ロシアの戸口までNATOが迫るのに、…ロシアは弱腰で降伏すると考えられるだろうか」と述べています。そして彼なりのオルタナティヴを提示しています。
『トランセンド研究』第14巻第2号(2017.4)には、コセエリ氏のガルトゥングとの対話とともに、ガルトゥングが2016年5月31日に立命館いばらきキャンパスで行った講演会の記録が掲載されています。「積極的平和としての東アジア共同体」がテーマでした。
その中で、「今日ほど東アジアにおいて戦争の危機が高まったことはかつてなかった」と述べています。これは、コセエリ氏との対話の中で当時のウクライナ情勢に関して「戦争への危機が迫っています」と語っていることと対応しています。つまり、上記のような世界の構造についての認識のもとでこれらの発言が行われていたのでした。
2月20日にピースデポの総会と記念講演会がZOOM会議で行われました。講演会のテーマは「北東アジア非核兵器地帯と世界連邦運動」で、とても興味深いものでした(講演者は犬塚直史氏)。また梅林宏道著『北朝鮮の核兵器―世界を映す鏡』が最近出版されました。なかなか簡単には読めませんが、重要な本だと思います。
つまりわれわれの喫緊の課題は東アジアの平和だということです。この問題をみなさんとともに考えていければと思っています。
ガルトゥング博士の予見していたウクライナ危機と、平和のための代案
ガルトゥング博士によるウクライナでの紛争にかかわる二つの著作の大意要約
野島大輔
<<文献1より大意要約>>
平和学者のガルトゥング博士は、現役をリタイヤされましたが、1998年の著書で、NATOの東方拡大の危険性や「第二次冷戦」の始まりについて予期し、現在のウクライナでの危機を予防するための代案を、既に発表していました。(邦訳版『ガルトゥングの平和理論』(木戸・藤田・小林 共訳)法律文化社 2006年刊、「NATOの東方拡大―第二次冷戦の始まり」pp.51-65)。
以下、大意のまとめ引用です。詳細はぜひ本書をご参照ください。大きな公立の図書館や大学の附属図書館などで、今も閲覧が可能です。
〇ヨーロッパとロシアの関係で重要なのは、395年の東西ローマ帝国の分裂や、1054年のカトリックと正教の分離などの、古い分断線である。ヨーロッパ側はたびたびこのラインを越えて、ロシア側に侵攻してきた(十字軍、ナポレオン、ナチス、etc.)。
〇冷戦終結後に、ロシアはほぼ代償無しに東欧にあった基地を引き上げるなどしたが、NATOは1997年マドリッドの会議で東欧へ拡大する方針を採り、ロシアとヨーロッパの間の伝統的なラインを越えた(この重大性を西側は自問しなかった。)。これは「第二次冷戦」の始まりとなるだろう。
〇東欧諸国は裕福なヨーロッパに近づこうとして、EUやNATOへ接近、アメリカは冷戦終結以降に売れなくなっていた武器の新たな売却先を、新たなNATO加盟国に得ようとした。こうしてラインがまた踏み越えられた。
〇ロシアが、人類史上・最強の軍事同盟であるNATOが戸口まで迫るのに、弱腰で降伏するとは考えられない。ロシアはやむなく中国との共同行動を目指すかもしれない。
〇ウクライナ内の教会分裂のラインは、ポーランドの境界がNATOの境界と重なったため、不安定になってくる。
〇紛争を予防する代案には、NATOの拡大をやめ、OSCE(*ヨーロッパと周辺のほぼすべての国々が加盟する、欧州を包括する安全保障会議の機構です。)による安全保障を高めること、東ヨーロッパ諸国が非・挑発的な共同体を創設すること、その二つの組み合わせ、などがある。
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<<文献2より大意要約>>
平和学者のガルトゥング博士は、2016年12月の時点のインタビューに応えて、ウクライナでやがて大きな武力紛争が発生することを予見し、平和のための提言を行っていました。その要点をいくつかご紹介します。
〇ウクライナ情勢は、ロシアとアメリカが関与する非常に複雑な問題で、次第に戦争への危機が迫っている。核戦争にもなりかねない。
〇米ロ関係200年のうち、アメリカ独立戦争(1775)から米英戦争の終結(1815)まで、ロシアの皇帝は、英仏の帝国主義に対抗して、アメリカを支援していた。しかしロシア革命(1917)以降の100年は、最初の100年とはかけ離れた関係になった。
〇「ウクライナ」の国名は、ロシア語で「境界線」を意味する(*他説もあるようです)。何世紀もの間、カトリック(ヨーロッパ)の十字軍の東への侵攻で、「東方」は次々とその手に落ちていったが、ウクライナ(境界線)で、それらの侵攻は止まっていた。
〇ローマ帝国の崩壊(395)以来、ウクライナでは東方正教が大勢を占めてきたが、西欧に何度も侵略され、分割されてきた。
〇一般に、一国の中に複数の宗教・言語・民族が存在する場合に、連邦制、特にスイスの例から学ぶことができる。スイスでは、大統領は民族・言語の異なる4つのグループから持ち回りで選ばれ、大統領を支える閣僚らは、さらに大統領と異なるグループから選ばれる。ウクライナはこれをモデルにした連邦制を手本にできる。
~ゲーリー・コセエリ「ヨハン・ガルトゥング氏との対話:平和は可能なのか?」『トランセンド研究』14巻2号 2017年4月掲載、原文Transcend Media Serviceより香川陽子訳 より要点の抜粋~
これもぜひ原文をご参照ください。『トランセンド研究』は当会より入手可能です。
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<<注>>
*ガルトゥング博士はこの他にも講演で、欧州とロシアの間の「境界」が歴史上ずっと大きな争点となってきたことを、常々語っておられました。日本国内で目にする報道の多くは、ロシア・プーチン大統領個人の領土的野心か、20世紀時代の対立を紛争の主な原因としているように映しています。しかし背景にある、幾世紀を超えて流れてきた、当事者を対立に向かわせる歴史的な要因や、そこにあった「未解決の紛争」を解決することによる、紛争の根本的な解決への視点も忘れずにいたいものです。解決のためには、停戦や交渉だけでなく、多文化共生に基づいた政治制度の創案も、必要になるものと思われます。
*ウクライナの一人当たりGDPは現在も世界第120位で、日本の10分の1以下です(ロシアは世界第66位で日本の約4分の1)。紛争の背景にはこの地域の「貧しさ」や「格差」がある(構造的暴力)ことも、忘れてはならないと思います。
*なおガルトゥング博士は本書で、紛争の構造的な要因を解き明かし、将来の紛争の悪化を予防しようとして提言を発していたのであって、けして現局面におけるソ連~ロシアを弁護しているわけではないことに、留意を要します。